銀色夏生の本を読んで

私が中学校に上がる前の春休み、祖父に神保町の三省堂へ連れて行った貰った事があり、そこで買った銀色夏生のつれづれノートとはかれこれ10年近く付き合っているんです。数年前に「つれづれノートはこれで御仕舞いにする」と読んで、ちょっとショックだったりしたんですけど、今年に入って本屋さんを覗いたら、最新刊が出ているじゃないか・・・!勿論買って、今、通勤電車やお風呂の中でチマチマと読んでおります。

そこで思ったんだけど、昔に比べると私の読み方が変わった気がします。これは例えば、夏目漱石の「こころ」を高校生のころ読んだのと、今読んで全く違う印象と感想を持ったのと同じで、多分私自身の人生経験によって「つれづれノート」と以前よりシンクロし易くなったってのが大きいのでしょう。・・・ま、ここまでは多分誰にでもある事だろうから、いいんだけどさ。問題はその次。

私、人の随筆系文章を読むと自分も日記っていうかエッセーっていうか、その両方を書きたくなるんですよね・・・よく考えりゃ、「ブリジット・バルドーの日記」が映画化されたころ、丁度アメリカにいたんですが、あの時も本に影響されて日記をつけていたっけ。「gaaaaaah!」とか体重のメモとか真似して・・・(←これ、黒歴史?)特に銀色夏生の場合は、日常生活ネタに挟まれてくる人生哲学系ネタを真似したくなるんだな。取り敢えず今現在は、「マイブック」に日記を付けているので、そっちが「銀色夏生くさく」なっているだけで済んでいるのですが、今日運動していてフッと「そうか、大学ノートに書けば字数制限無しで考えた事、書けるじゃん」と思いついてしまったのです。これは、私的に非常にマズい流れでして、大抵そんな風に書き始めても、やっぱりそうそう続かない上に、色々と暴露し過ぎて後から読んで身をよじることになることが多い・・・大学1年生冬のころの日記とかね、ヤバいね、あれは。思えば銀色夏生の本が面白いのは考えた事+日常をある程度惜しみなく出しているからで(少なくとも読者はそう感じる)、それが出来ない以上、ああいうのは無理なのかな、とも思います。しかも、私の場合はブログもやっている訳で、「ブログ」「マイブック」「大学ノート」ってのは完全にキャパオーバーになる可能性が高い。

という訳で、結論なんですけど、最近はあんまり地政学とか国際関係論とかについて書けていないし、方向転換がてらそういう考え事系をこっちでも時々放出していこうということになりました(私の中で)。今まで何度も書いて来た事なので、たこみみだとは思うのですが、ブログではもともとあまり自分の生活部分(今日は何した、とか)や周りの人について詳しく書く気がないので、自分の考えた事くらいなら丁度いい具合に収まるかな、と思って。読んでいる人も、私の日常生活についてなんて最初から期待していないだろうし・・・取り敢えず、今は我流哲学にハマっているので、そっち系の話が暫く続くと思います。

最後に余談ですが、やっと「夜の魚は干物になりました(旧館)」を閉じる事が出来ました。今度は「book store」の改修作業に乗り出したいです。カテゴリー分けから根本的に見直す予定。そして、今日「文庫」にアップした借りた本「天才の勉強術」のチャーチルの部分を読んで、チャーチルが書いた「第二次世界大戦回顧録」を読みたくなりました。で、アマゾンで調べてみたら、日本語訳は抜粋しかないんだね・・・一応英語の全文版をカートにいれたけど、1万円の大台を越えているので、暫く様子見です。

そして、これは別記事にした方がいいのかもしれないけれど、私は独裁者の心理に結構興味がある。特にヒトラー、スターリン、毛沢東。金正日はあんまり面白味が無いと思う。ま、これについては今日、本の予約をしたのでその本を読んでからまた書きます。

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